こんにちは♪
今日は前回の続きで、三重旅行2日目のお話を書いていきます。
前々回の不思議なお話の続きを交えて…というより、そっちをメインに書いていきたいと思います。とても長くなってしまったので…笑
不思議な短編小説だと思って、のんびり読んでいただけたらと思います^ ^
前回のお話はこちらです↓

伊勢市駅前にある、三交イン別館Grandeというホテルに宿泊したのですが、素泊まりプランでもお茶やコーヒーなどのドリンクバーを利用できるだけでなく、伊勢土産で有名なお菓子もいただけますし、朝は伊勢で人気のベーカリー「コクリコルージュ」のクロワッサンを無料でいただくことができて、めちゃくちゃお得な気分になりました♪
超駅近なので、電車もバスもタクシーもすぐに乗れて、水族館や伊勢神宮にもアクセスしやすいところも良かったです◎

ホテルから南のほうにまっすぐ進んでいくと、伊勢神宮の外宮の入り口が見えてきました。子供の足で10分もかからない距離にありました*
1日目は4月前半なのに夏日で、めちゃくちゃ天気が良かったのですが、2日目は暴風雨の予報が出ていたため、なるべく早めにと朝9時にホテルを出発しました。

毎回、旅先では寝ている間に不思議なことが起こるので、今回もちょっと構えていたのですが…今回はそんなに驚くようなことは起こらず、これまで聞いたことがない声(しっかりしたおじいさんのような感じ)が聞こえてきて、いろいろとお話をしてくださっていたのですが、結局私が覚えていられたのは「川へ行きなさい」みたいなことを言っていたことだけでした…。
おそらく五十鈴川のことだと思います。

この場所は令和15年、第63回の式年遷宮御敷地です。
伊勢神宮は20年に一度、社殿を新しく建て替えるのだそうです。定期的に建て替えられているので、社殿の木材の色や形がきれいに保たれているのですね。
神社仏閣を訪れると、宮大工さんの技術ってすごいなぁと改めて尊敬してしまいます。全部木材で釘を一本も使わないのに、耐震性も高いなんてすごいですよね!
この凄すぎる伝統技法が、継承の危機に瀕しているなんて悲しすぎますので、どうかなくならずに次世代に繋いでいってほしいと願っております。

伊勢神宮の外宮の正宮「豊受大神宮」です。
ちょっとややこしいのですが、伊勢神宮には、豊受大神をお祀りする「外宮(げくう)」と、外宮から少し離れた場所にある、天照大神をお祀りする「内宮(ないくう)」の2つがあります。
それぞれに正宮(しょうぐう)と呼ばれる本殿のようなお社があり、広い境内には他にも、摂社よりも縁の深い神様をお祀りする別宮(べつぐう)と呼ばれるお社がいくつか点在します。

こちらは三ツ石(みついし)という場所で、川原大祓(かわらおおはらい)が行われる神聖な場所なのだそうです。
旅行前にいろいろ勉強しましたが、伊勢神宮の正式名称は「神宮(じんぐう)」で、先述した内宮と外宮の2つの正宮と、境内にある別宮、境内の外にある別宮・摂社・末社・所管社を含めた計125の宮社の総称を指します。
お願いごとなどにもルールがありましたので、参拝される方は調べてみてください*

亀石(かめいし)と呼ばれる1枚の大きな石の橋です。
私の事前調べでは、伊勢神宮には賽銭箱がないという情報があったため、小銭をあまり持たずに参拝したのですが、普通に正宮にも別宮にも設置してありましたので、危うくお札がなくなりそうになりました…。お社の数が多いので、両替してから参拝することをおすすめします^ ^

別宮の風宮(かぜのみや)です。
旅先ではなかなか寝付けない私は、今回もあまり睡眠が取れず、ほとんど眠っていたのか起きていたのか分からない朦朧とした状態で寝ていたのですが、朝6時頃に「起きなさい」という声が聞こえてきて、9時に出発する予定でいたので早いなぁと思いながら起きたのですが、荷物をまとめたりクロワッサンを食べたりしてから、ホテルのチェックアウトを済ませてホテルを出ると、ちょうど9時ピッタリだったので驚きました。

多賀宮(たかのみや)です。
旅行前の1週間は毎日、伊勢市の天気予報をチェックしていましたが、2日目はギリギリまで暴風雨の予報が出ていたので、風は無理でもせめて傘をささずに回れたら嬉しいなぁと思い、わが家の神棚の前でお願いしてみたのですが、「傘をささずに参拝で…(きますように)」と言い終わる前に、「できん!」と食い気味で声が聞こえてきまして、強めなおじいさんのような声でしたが、いつも雨予報でも不思議と傘をささずに過ごせたりしていたので、今回もなんとかなるかも?などと甘い考えを抱いていましたが、さすがに暴風雨の予報だし今回ばかりは無理なのかと諦めて、予備の着替えと長靴を持って行くことにしました。

土宮(つちのみや)です。
荷物をホテルに預け、悪天候でびしょ濡れになることを予想し、ホテルに戻ったらすぐに着替えられるよう準備しておき、娘はレインコートを持参し、私は濡れた靴で歩くのは嫌なのでブーツを履いていったのですが、この時間帯は小雨も降らず風もほとんどなく、みなさん軽装で普通の靴だし傘すら持っていない方も多く、なんだか私だけ張り切りすぎてる感じがして少し恥ずかしくなりました…。

別宮を全部まわり終えたので、次の猿田彦神社に向かおうと思っていたら、娘が「こっちが気になる」と言ってスタスタ歩き始めたのでついて行くと・・・

下御井神社(しものみいのじんじゃ)というお社がありました。
内部には、年中清らかなお水が湧き出す井戸があるそうです。

せんぐう館という博物館の横にある、勾玉池です。
伊勢神宮は早朝から参拝される方も多いそうなので、9時でも遅いかなと思いましたが、悪天候の予報だったからか、ほとんど待たずにスムーズに回ることができました♪
お守りを購入して外宮を後にし、出てすぐの大通り沿いにあるバス停から、猿田彦神社に向かいます。

猿田彦神社に到着!「猿田彦神社前」の停留所を降りてすぐにあります。
数か月前に、毎年どこかしらに行く春旅行におすすめの場所を不思議な存在に聞いたところ「サルタヒコ」と聞こえてきたので、近場で探していると「ミエ〜」と繰り返し聞こえるので、何かの名前かな?と思っていたのですが、調べるうちに三重県に猿田彦神社があることが分かり、この旅行を決めました。三重まで行くの⁉︎と初めは驚いてしまいましたが…。
前回お話した通り、わが家は夫の諸事情で関東近辺にしか行かないので迷ったのですが、伊勢神宮にも一度は行ってみたいと思っていたし、偶然にも娘が学校で鳥羽水族館の話を先生から聞いて行きたいと言い出したので、思い切って行くことにしました^ ^

娘が境内の池に近づくと、鯉さんがトビウオのような高ジャンプを何度も繰り返し始めたので驚きました!
鳥羽水族館でも似たようなことがありましたし、娘は水中の生き物と何か深い縁があるのかもしれない…。

拝殿の前に、古殿地と書かれた方位石がありました。旧社殿が鎮座していた場所なのだそうです*
触れると良い方角などがあるらしいのですが、よく分からなかったので、とりあえず自分の干支に触れておきました^ ^

本殿の隣には、猿田彦大神と夫婦神である天宇受売命(あめのうずめのみこと)をお祀りする佐瑠女神社があります。
芸能の神様なので芸能人ののぼりが立っていますね*

私は最近、新しくチャレンジし始めたことがありますので、このタイミングで道ひらきの神様である猿田彦様のところに来させていただいたのは、ただの偶然ではなく、ちゃんと意味があったのだと思いました。
そのチャレンジのおかげで、最近ブログの更新ペースが遅めになってます…。
本殿の裏手にまわる道を進むと、

自然豊かな開けた場所がありました。
御神田(ごしんでん)と呼ばれる、神様の田んぼなのでそうです。
ちょうど今月、田植えが始まったのではないでしょうか*

君が代に登場する「さざれ石」です。実物が見られて嬉しい♪
こんな国民的、超有名石があるなんて知らなかったし、あまり目立たない場所にひっそりとありましたので、危うく気づかずに通り過ぎてしまうところでした!

こちらは「たから石」という、ヘビが乗っているように見えるという縁起の良い石さんです。
石などの鉱物にも、人間と同じように意識があるそうです。磐座には神が宿っていると言われますよね!
鉱物なので、半導体のように情報を記録できるのだと思います。

え?手水舎にシールがたくさん…なんで?
猿田彦神社からは、徒歩でおはらい町まで行き、食べ歩きしながら内宮まで行く予定でいましたが、急に強めの雨が降ってきましたので、どうしようか考えながら神社を出ると、幸運にもたまたまバスが来ていてすぐに乗車することができましたので、このまま内宮まで行くことに。

内宮に到着♪
一応、旅行記なのですが…ここから先は冒頭で書いた通り、不思議なお話をメインに書いていきます。写真の下にはキャプションを入れておきます^ ^
私は霊能者のように見えない存在と自由に会話ができるわけではないし、科学者でもないので、私の勝手な考察として受け取っていただければと思います。

〈宇治橋からの眺め〉
これまで度々ブログで書いていますが、私は数年前に見えない世界が本当にあるということを身をもって分かってしまったのですが、体験してしまった以上、私にとってそれは疑いようのない事実であるので、魂とか宇宙などこの世界の仕組みを、自分の頭で理解できる形で腹落ちさせたくて、霊能者さんたちの動画を拝見するなどして答えを探しまくっていた時期があります。

〈4月なので桜が咲いています〉
そんな中、たまたま「超ひも(弦)理論」という量子物理学に出会い、それまでたくさん見てきた霊能者さんたちのお話と、この超ひも理論の考えがそっくりであることに驚き、YouTubeで物理学者さんたちのお話を聞いたりして学び、さわりだけでも理解できた気でいますが、物理学は見えない世界の実体を研究する学問でもあり、好き嫌いを問わず誰にも関係するお話ですし、とても面白いのでぜひ調べてみてください*

〈五十鈴川に到着〉
こちら↓でも書いていますが、私たちは「肉体」と「魂」が結びついた存在であり、肉体は地球で物質的な体験をするための魂の入れ物のようなものなのだそうです。
「魂」とは、人の心など "私というものが存在する" と感じる「意識」であり、この意識を「神」と呼んでいるのだと私は考えていますが、心理学で意識は「顕在意識」と「潜在意識(無意識)」に分けて考えられています。

〈川の水で手を清めました〉
顕在意識は五感や思考や感情など脳活動(ホルモン分泌など)のコントロールを受けやすいため、あえて「潜在意識」のほうを魂と呼ぶほうが良いのかもしれません*
さらに言うと、魂は光(光子)のような「物質化しない素粒子の集まり」であり、情報エネルギーでもあると考えています。
意識=光=電磁波(電波)=情報と考えると、前々回で書いたように、遠くにいる誰かに念を飛ばすことも可能になります。

〈正宮に入る階段前の広場。人はまばらでしたのでスムーズに参拝できました〉
私たちの肉体や身の回りにある物質を作る原子や、一番小さい単位である光子のような素粒子など、すべてのものは振動していて、例えば石や植物、家具、食品、人の細胞、水や空気、目に見えない電磁波など、どんな状態のものであれ、それぞれ固有の周波数があるとことが解明されています。
雑に言えば、この空間のすべてに隙間なく素粒子があり、そのすべての点は常に振動し波のようにゆらぎながら、エネルギー交換をし続けているような状態なのだと思います。

〈ところが…参拝を済ませて正宮前の階段を降りると、ビックリするほどの長蛇の列が!〉
すべてのものに周波数があるということは、すべてのものは固有の色や音を出しているとも言えます。霊能者が見るオーラとは、この周波数による色なのだと思いますが、実は私も、時間をかけて集中すると少〜しだけ見えます☆
…それはさておき、ある霊能者さんは、私たちの本質(本体?)は魂であり、この世界は「イリュージョン」で「時間」という概念もないと言っていました。

〈 御稲御倉(みしねのみくら)〉
「リベットの遅延」という実験結果では、私たちが「(身体を)動かそう」と意図するよりも0.5秒も前に、脳が無意識で行動の準備(筋肉を動かす指令)を開始しているということが明らかになりました。
つまり、動かそうと思った後ではなく、思う前に脳は動く準備を始めていたという奇妙な結果になったのです。
危険が迫ったときに、考えるよりも先に身体が動いてしまったという人もいるのではないでしょうか。
では考えるよりも先に、脳に行動する準備をさせているものは何なのか?この実験結果は、無意識の潜在意識である「魂」が私たちの本質であると言える一つの現象なのではないでしょうか。

〈 外幣殿(げへいでん)〉
オバケやご先祖様や神様などは、肉体はなくても人間のように知性を持つ「意識体」のようなかたちで存在していますので、"私"という意識が存在するために、必ずしも有機的なボディがある必要はないのだと思います。例えば、AIが肉体がないのに知的な挙動をするのと同じように。
こちらで↑私が見た宇宙人の話をしていますが、もしかしたら宇宙には、地球にはない物質でできた、灼熱にも極寒にも耐え得るボディをもつ宇宙人がいるかもしれないし、雲のように流動的にボディを変化させることのできる宇宙人もいるかもしれません^ ^

〈階段が多くて良い運動になる^ ^〉
超ひも理論にも結びつく「ホログラフィック原理」という思考実験では、私たちが認識しているこの3次元空間の内側は、実は一つ低い2次元(面積)の情報が描き出したホログラムであるという結果が出ました。
この宇宙は巨大なホログラムであり、本当にイリュージョンなのかもしれません。

〈荒祭宮(あらまつりのみや)〉
物理学でも「時間」という概念はないとされていますが、私たちが時間を感じる理由として、「エントロピー増大の法則」があるからだと考えられています。
素粒子などミクロな世界では、時間は「過去←→未来」のどちらにも進めるのに、マクロな世界では「過去→未来」にしか進まないのは、バラバラになったパズルが勝手に組み上がらないように、一度広がったものが元に戻ることは非常に難しいため、時間は不可逆的になるということです。

〈境内は自然が多くて、空気が澄んでいて、歩いていてとても気持ちが良いです♪〉
エントロピーが増大することで、目の前の状態が変化して見えるこの世界では、あらゆるものが劣化していき、人も生まれては死ぬということを繰り返していますが、例えばAさんの人生が終わったとき、その肉体はなくなる(分解されて状態が変化し土に還る)が、Aさんの意識は、その生涯を通して、エントロピーを増大して得た知性が情報のような形で増え、それがAさんという意識体(ご先祖様?)のような形で残り続けるのかもしれません。
過去世の自分が、今世の自分の守護霊としてサポートをすることはよくあるそうです。

〈風日祈宮(かざひのみのみや)に向かう途中にある橋〉
そう考えると、宇宙の始まりがビッグバンだとして、そこからいろいろ枝分かれしたりくっ付いたりしてエントロピーが増えるにつれて、意識体(ご先祖様)がどんどん増えていることになります。
この意識体たちを私たちは神と呼んでいるし、その末端にいる私たちの意識もまた神であるということになるのだと思います。

〈橋の上から見た五十鈴川〉
私たちの本質が、目に見える限られた可視光の中で認識している "脳が作り出す顕在意識の世界" ではなく魂であるとすると、魂は光のように質量を持たないので、特殊相対性理論のとおり未来へ行くことが可能になりますが、個人的には過去にも行けるのではないかと思ってます。
私たちの意識が過去や未来に向いているとき、魂の一部が、本当に時空間を越えてタイムトリップしているのかもしれません。

〈風日祈宮に到着。風雨を司る神様が祀られています。軽い突風のような心地よい風がふきました。〉
魂が光のような存在であるなら、意識=エネルギーであるとも言えますから、意識が過去未来や他人に向いているとき、魂の一部は欠けた状態となり、100%自分のために使えるエネルギーが他に分散されて、例えば70%などになってしまうとも言えます。
魂は時空間を越えますが、物質世界にある肉体は、今ここにしか存在できない生き物ですから(1秒前は過去で1秒後は未来になるため)、意識を今ここに向けて自分に集中することにより、自分の持つ100%のエネルギーを肉体を通して使える状態になるのだと思います。

〈再び橋を通って、もと来た道を戻ります〉
例えこの世界が幻想であったとしても、本質である魂(潜在意識(無意識))が、意図して今この状態を選択しているのなら、肉体や感情といった人間の特性の中で抗わずに生きていく必要があり、無視することはできませんから、素粒子の集まりである奇跡のような肉体に感謝し、心と身体のケアを日々忘れずにしてあげないといけませんね*

〈広い池がありました。鳥がいたので子供と眺めていると、急に強めの風がふいてきて、桜の花びらが歌番組のように、ブワ〜ッとたくさん舞い散りました。美しすぎる…!〉
瞑想して呼吸に意識を向けているとき、身体に手を当てて患部に意識を向けているとき、散らかっていた意識のエネルギーの矛先が、呼吸や身体に向かうことで、肉体に活力を与え、自然治癒力を高めることができるのかもしれません。

〈カラフルな鯉さんたち。娘がこの場所でしゃがんで眺めていると・・・〉
ある霊能者さんは、今の意識(周波数)が変わると、過去や未来も変わる。そして何かを意図するだけで未来が変わると言っていました。
未来が変わるというのは、なんとなくイメージできる気もしますが、過去も変わるとはどういうことなのでしょうか?
私はこれを聞いて、過去や未来は、今と「量子もつれ」のような状態にあるのではないかと思いました。

〈鯉さんが寄ってきて・・・〉
量子力学の量子もつれとは、2つ以上の量子が、それぞれをバラバラに扱えないほど強く結びついている状態のことであり、一方に何かが起きると、もう片方にも即座に影響が現れるという不思議な性質を持ちます。
この性質を利用した量子テレポーテーションという技術が、実際に研究・実用化されています。

〈こうなりました^ ^ なぜかしばらくの間、この状態のままゆらゆらしていました。矢印みたい…笑 やはり娘は、水中の生き物との縁が深そうだ。〉
超ひも理論では、宇宙は私たちが認識している「3次元+時間1次元の4次元」空間ではなく、「9次元+時間1次元の10次元」または「11次元」であると考えられています。
精神世界にも、魂(意識)の成長領域のような次元(密度)の概念があり、それは12や13次元まであるそうです。
これは優劣の話ではなく、子供と大人の関係性と同じで、大人は子供に教えたりお世話をするなどの体験を通して、学び成長することができますから、子供は魂を成長させてくれる先生でもあります。
成長段階は違えどお互いが先生であり、必要な存在なのです。
ちなみに…魂は不滅な存在ですから、人の年齢と魂年齢は相関性はなく、同じではありません。視野が狭くて幼稚なおじさんもいれば、達観したものの見方ができる小学生もいるように^ ^

〈次の場所に行こうとしたところ、鯉さんが軽くジャンプするようにして、尾びれを水面から出すような動きをし始めました。まるで手を振っているかのように!〉
ある霊能者さんは、昔は魂の次元が上がると肉体を脱がないといけなかったが、これからの時代は、地球の意識が次元上昇(アセンション)することを決めたため、そこにいる人間も肉体を持ったまま次元を上げていくことができるようになったと言っていました。
ちなみに巷で言う「ハイヤーセルフ」というのは、未来世の自分なのだそうです。ということは、様々な次元のハイヤーセルフが存在するということになりますね^ ^

〈大山祇(おおやまつみ)神社と、木華開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)をお祀りする子安(こやす)神社です。夫はこの場所が一番何か感じるものがあったそうです。〉
私たちの本質は魂(意識)ですから、見えない世界を知っている魂の視点からいうと、この世界は異なる次元の層がたくさん重なり合った状態で存在しており、天国も地獄も過去も未来も龍も精霊も天使も悪魔も人間もオバケもすべて、この空間に同時に存在しているような状態なのかもしれません。
ある霊能者さんは、天国は空の上にあるわけではなく、天国も地獄も過去も未来もここにあると言っていました。

〈すべて回り終えたので、おはらい町に向かいます!この日の夜、東京に戻りわが家の神棚の前で感謝の言葉を伝えていると、「全部まわってくれてありがとう」という声が聞こえてきました。透き通った感じの女性っぽい声でした。〉
もし本当にこの世界はイリュージョンでホログラムなのだとすると、意識の次元が変われば、見える世界も変わるということになります。
「同じ体験」をしても、意識が違えばその受け取り方が変わるので、人のせいにばかりしていつも苛立ちながら、地獄のような世界を体験している人もいれば、中庸な意識で調和的な世界を体験している人もいますから、同じ世界にいるように見えても両者の世界は、人の頭で理解できるレベルにおいても違っていると言えますし、「類は友を呼ぶ」のとおり人は気(波長)の合う人と一緒にい居たがりますから、意識が変わるとおのずとコミュニティまで変わっていきます。
そしてこれを逆に言えば、意識が変わらないと現実も大して変わらないということになります。

〈また宇治橋を渡ります。帰りの方が人が少なかった。〉
趣味嗜好が違っても、気が合う人っていますよね。
それはお互いの意識=光(電磁波)の周波数の波が、そろうか、そろわないか(共鳴・干渉)の違いなのかもしれません。
それぞれ意識の違うコミュニティでは、会話の質が違うため、それに伴い起こる現象も違っていくことは容易に想像がつきます。
この世界の謎についてアレコレ考えていたある日、寝ている間に確か3回ほど目が覚めて、いずれも朦朧とした意識状態のなか、映像のようなものを見せられながら何かを説明する声が聞こえたり文字が見えたということがありました。

〈川へ行きなさいと言われていたけれど、これで良かったのかな…?〉
1つ目は、建築CADで作成したような、様々な線が重なり合うカプセルみたいな形をした立体模型が、パッパッパッと高速で画像が切り替わるたびにクルクルと回転して見えるような映像の下に、漢字で説明のようなものが書いてありました(文字は残念ながら覚えていられませんでした)。
もしかしたらこの模型は、形は全然違ったけれどカラビ・ヤウ多様体のようなもので、多次元の性質を教えてくれていたのかもしれません。
2つ目は繊細な光の粒子のようなものが散りばめられた空間が見え「ヒッグス場」と聞こえ、3つ目は流動する光の集まりみたいなものがゆらゆらと揺らめいている空間が見え「量子ゆらぎ」と聞こえてきました。
そして「宇宙は元に戻ろうとしている」とか「ルビー星」というワードも聞こえきました。

〈おはらい町に到着。人がいっぱい!〉
その日は起きている間も、ニュートリノとか、カミオカンデとか、マクスウェル、熱力学、超伝導、マルチユニバース(多分マルチバース)・・・etc.といろいろ聞こえてきまして、でも素人の私には「…で何?」といった感じで不思議な存在からのメッセージを汲み取ることは難しかったのですが、「フォトン」というワードはそれ以前から度々聞こえてきていたので、私の中で「魂=光」というのは間違いないだろうと考えています。

〈赤福・へんば餅・伊勢うどんは、必ずいただこうと決めていました。お店がたくさんあって何を食べようか迷ってしまいそうなので、歩きながら順繰りに食べたいと思ったものをいただいていくことに。〉
ある日ひょんなことから、こちらの↓アルクメーネさんの本に出会い、挿絵が素敵♪というレビューが決め手で購入したのですが、読み始めた日はあまり時間がなかったため、冒頭のページにある "この宇宙の大いなるすべてである存在の名前は「イズネス」である" という内容を読んだところでお終いにしました。

〈いろいろ楽しめるように、3人でシェアしながらいただいていきます* アワビ串、松坂牛のお寿司と串焼き、オレンジジュース…〉
その日の夜、寝てる間にぼやっと目が覚めると、なぜか目の前にパステル色の薄いピンク色の空間(少し黄色いところもある)が広がっていて、「イズネス」という声が聞こえてきました。優しい女性のような声をしていました。
陶彩画家の草場一壽さんの絵のような、とてもとても美しい空間でした。
ちなみに、光の三原色でピンクは赤と青、黄色は赤と緑を混ぜた色であり、全部混ざると白になります。

〈プリントースト、牡蠣フライ、うの花ドーナツ、うの花ポテト、お豆腐ソフト…どれもこれも美味♪〉
その空間は、言葉では表現できないほど広大で果てしなく、どこまでもどこまでも広がっているようで、その空間は無音ですが、非常に繊細でクリアで、シーンというよりも、ツーーーーーーみたいな感じでした。
その声の存在を私は知らないはずなのに、なぜかお母さんのような安心感や親近感みたいなものを感じていました。
その存在はイズネスと名乗ったあと、何かを私に伝えようといろいろ話してくれたし、私の質問にも、まるでAIのように、ためらいなくすぐに答えてくれたので、ここぞとばかりに日々疑問に思っていたことをたくさん聞いたのですが、見事にすべて忘れてしまいました。

〈伊勢うどんは「ふくすけ」さんでいただきました。お手頃なお値段なので、きっと量が少ないのだろうと思っていたら、普通にしっかりあってお腹いっぱいになりました^ ^ 麺がフワフワ柔らかくて美味しい♪〉
これまで様々な見えない存在の声を聞いてきましたが、皆さんそれぞれ個性があり、わずかに感情のようなものを感じることもあるのですが、イズネスは声の雰囲気は明るく優しいけれど、感情がなく機械のようにすぐに淡々と答えてくれる感じで、でもAIとは違って繊細な響きがあり生きている感じがするというか、これが魂があるかないかの違いなのかもしれないし、あるいは周波数の高低・強弱のような性質の違いなのかもしれませんが、これが私たちの大いなるすべてであり、意識であり、神なのかと思いました。

〈おはらい町の中ほどにある「おかげ横丁」に到着。この近くにある赤福本店で、赤福をいただこうと思っていましたが、満腹なのでお土産を買ってお家でいただくことに。〉
起きたらすべて忘れてしまっていて、がっかりしていると、B'zの稲葉さんの「EVERYWHERE」が聞こえてきました。この曲はその数日前に、たまたまテレビをつけたらMステで稲葉さんが歌っていた曲でした。
歌詞を読んで、私たちは元々一つに溶け合っていた、この空間のすべてに私もあなたもいる…といったメッセージを私は感じとりました。
まるでヒッグス粒子みたいじゃないか!とも思いましたけど…。

〈江戸時代の町並みを再現したということで、雰囲気があって歩いていて楽しいです。「もめんや藍」さんで、三重県の伝統工芸品「松阪木綿」で作られた、素敵なコースターをゲット♪〉
精神世界では、この世界は元々一つ(ワンネス)であったけれど、"私"というものを知るために分裂したと言われています。
私を知るには、私のことを客観的に見ることのできる「もう一人の私(意識)」が必要になりますし、分裂して様々な状態での体験をすることにより、それまで気づかなかった「新しい私(意識)」を発見することもできる、ということなのかもしれません。
私たちは、重力が働く物質的な制限のある体験をすることで、知って学んでを繰り返し、体験の中でずれてしまった不協和音を、自分のものではない音(不要な周波数、不要な信念体系など)を手放し、ありのままの私である美しく調和した協和音に戻すということを、この地球で繰り返しているのかもしれません。

〈もうお腹いっぱいだけど、「伊勢醤油本舗」の伊勢焼きうどんを味わっておきたくなり、シェアしていただくことに。香ばしくて美味しい♪〉
最後に、私がこの宇宙の謎について想像を膨らませているとき、なぜかサカナクションの「怪獣」が聞こえてくることが度々あるので、不思議に思い歌詞を調べましたが、これは今の私の状態のことを伝えているのかもしれないし、私たちの宇宙や魂(意識)のことを伝えているのかもしれないとも思いました。とにかく魂は好奇心旺盛で、いろいろ知りたいんですね^ ^
アーティストさんって自覚はなくても、メッセンジャーやヒーラーの役割をされている気がする。

〈帰る前にもう一度、川を見てみたくなり、再び五十鈴川へ。時間があれば河川敷でのんびりしたかった!〉
この曲は前回書いたとおり、車で流れるといつも夫がマネして口ずさむので、不思議な声から聞こえてきても、途中から私の思考が働き夫が出てきて複雑な気持ちになるのだけど…。
本気のマネじゃなく、無自覚でマネしてる感じになってるのが逆に腹立つみたいな^ ^

新幹線の時間が迫ってきたので、へんば餅も持ち帰りにして、お家でいただくことにしました。
旅行前に強めな神様に「できん!」と言われてしまいましたが、私の入念な準備&装備とは裏腹に、たまに小雨がパラつく程度で、風はただ心地良くふいていて…、結局ほとんど傘をささずに回ることができました。。
たくさん降ったのは、猿田彦神社からバスで移動する間くらいで、本当に不思議ですけど、内宮に着く頃にはほとんど止んでくれたのです。
今思えば、あの雨でバスに乗らなければ、内宮の長蛇の列に並ぶこととなり、時間内に回りきれなかったかもしれないので、自覚はなくても、ずっと見えない存在のサポートを受けながら動いていたんだなぁとしみじみ思いました。

バスでホテルまで戻り、ホテル近くにある「山田三方」さんの三方焼きという、米粉を使った今川焼きのようなお菓子をテイクアウトし、帰りの電車の中でいただきました。とても美味しかったです♪
伊勢市駅を出る頃には雨脚が強まり、そのうち土砂降りの雨が降ってきて、前回書いたとおり、雨の影響により名古屋までの電車が遅延してしまって焦りました。
確かに移動中、一度も傘をささずに回ることはできなかったので、それはできん…ということだったのかもしれない。。
でも夫は1度も傘をささなかった気がする。新潟生まれの夫が言うには、新潟の人は小雨くらいじゃ傘をささないらしい。違ったらすみません…^ ^
龍は天気を操ると聞いたことがありますが、龍のようなこの土地の精霊さんが、サポートをしてくれていたのかな?ありがとう!

次の日…
買ってきたお土産を早速いただきました。
赤福/へんば餅/伊勢醤油/伊勢茶のラングドシャ/シェル・レーヌ/奥伊勢ゆずハイボール/イセシマハイボール/伊勢志摩シュワワ/伊勢茶ティーバッグ ポケモン ミジュマル5種セット/伊勢角屋麦酒のクラフトビール3缶パック/です。
1日でぜんふ消費したわけではありませんよ*

赤福はこし餡がたっぷりでお餅が柔らかい♪ へんば餅は中にあんこが入っていて、もちもちして歯切れの良いお餅♪
どちらも生菓子なのに原材料がシンプルなので、消費期限がとても短いのですが、余計な味や香りがしなくてとても美味しいです!
右側のお茶は伊勢茶(何か忘れました)で、松阪木綿のコースターにのせていただきました。
コースターは藍染めの優しい発色がとても心地よくて、毎日使っています*

旅行2日目はなるべく身軽でいたかったので、1日目の鳥羽水族館の帰りに、鳥羽駅の売店で伊勢茶のラングドシャ(緑の四角いやつ)、伊勢茶ティーバッグ、瓶のお酒3種と、先ほどの写真にはなかったのですが伊勢海老せんべい(まるいやつ)を購入し、伊勢市駅の売店でシェル・レーヌ(シェル型のやつ)を購入しておいたのですが、
ホテルのお部屋にも、全く同じ伊勢茶5種がおいてあり、夜まで利用できるドリンクバーでは、偶然にもこの3種のお菓子が好きなだけいただけるシステムになっていたので、これならわざわざお土産買わなくて良かったかも…と思いましたが、どれもとても美味しくて、原材料がシンプルなのに日持ちもするので、しばらくの間おやつの時間に子供と一緒にいただきながら、伊勢の余韻にひたることができたので良かったです^ ^
さて、長々と不思議なお話を書いてきましたが、いかがでしたでしょうか?
ここまで読んでくれる方が、果たしてどれほどいるのだろう…笑
まぁそんなことを気にしていると、何もできなくなってしまいますし、このような情報って、必要な方に必要なタイミングで届くシステムになっている気がするので、これからも私が書きたいことを好きなように書いていきたいと思います^ ^
読んでくださった方、ありがとう!!
それでは、今日はこの辺で♪

